天にとっての田舎のお話

天の中で、田舎といえば三木。 


というのも阪神淡路大震災の時に父の仕事場のバイトの女の子の実家で、30人くらいで共同生活をしていたことがあり、その時にみんなで暮らしたお家へのホームステイが毎年の恒例となりました。夏休みはほぼ1ヶ月、冬休みの年越し、春休み、ゴールデンウィーク、ただの3連休でもに遊びに行くこともありました。祖父の車で、宿題とぬいぐるみ共々ごっそり移動して長期休暇といえば三木でした。 


両親が共に神戸ということもあり、これと言った田舎がない中で、三木は神戸のお隣ながら、田んぼやお山など自然が溢れた環境は天にはとても新鮮で大好きでした。直接的な関係はまったくないのですが、何かの運命なのか、同じ苗字だったり、ほんと天にとっての田舎なんです。 


小学校1年生から、今でもまだ遊びに行くので思い出もたくさん過ぎますが…

春にはつくし狩りをして佃煮にしてもらったり、夜桜を見に行ったり、天のさくらの木(天桜)が川沿いに植えてあって、その成長を毎年楽しみにしていました。蓮華畑で、鳥さんの縄張りに入ってしまっておばちゃんと2人追いかけられたこともありました。 

夏には毎年山や川で毎年バーベキュー。しろくまのおっちゃんに、短パン一丁で深い池に放り込んでもらったり、スイカ割りや盆踊りに行ったりしました。 

秋には梨狩りも行ったし、りっちゃんと一緒に初めて2人で長距離の電車移動で三木に行こう!と40分もの電車の旅に挑戦して、森林公園へ遊びに行ったこともありました。ちなみに大学の通学は約2時間。小学生にとっての40分は長旅でした。2人でおやつ食べながら行ったなぁ。

冬には除夜の鐘を突きに行ったり、初日の出を見に山に行ったりしました。お餅をストーブで焼くのが天担当で、石油ストーブの前に張り付いてお餅をひっくり返していました。 


小学校1年か2年生の時。
冬休みの宿題の書き初めをしていて、大泣きしたことがありました。

低学年の時の書き初めは硬筆で、先生に「清書の時は消しゴムを使っちゃダメ」と言われていたのに、清書で書き間違えちゃったんです。消しゴムも使えない、清書は1枚しかない(1枚しか書いてはいけないと思い込んでいた説もあり)、涙が溢れてきたのを今でも覚えています。おばちゃんに綺麗に消しゴムで消してもらって提出して、校内で銀賞を頂いたんだっけかなぁ。良き思い出です。
 


おっちゃんの工場を覗きに行っては、磁石で砂鉄を集めたり

おばちゃんにぴったりくっついて、お買い物に行ったり、お手伝いしたり

おねえちゃんとクレイ粘土にハマって、ケーキをたくさん作ったり

おにいちゃんお部屋でマンガを読み倒したり

おばあちゃんのお部屋でハイレモンもらいながら『大好き!五つ子』を見たり

近所のえりちゃんと裏山で遊んだり

りっちゃんとテレビのお部屋で替え歌歌いながら涙出るくらい爆笑したり

天理のおばちゃん家へ太鼓を叩きに行ったり

雷の日、気付いたらコニーが玄関に入ってきて怯えていたり

焼き芋食べてたらコニーに食べられて喧嘩したり、近所のワンちゃんコニーとの思い出もたくさん。

廊下でお昼寝したり、ピアノを教えてもらったり、お家の屋根に登ったり

ご近所さんにも「天ちゃん、天ちゃん」と言われとても仲良しでした。

おねえちゃんよりも、物の位置を覚えているくらい、もはや住んでいたレベルでの天の三木での生活。田んぼやあぜ道、広い畳のお部屋に、夏の朝の涼しい感じ。神戸にはないのんびりとした時間を過ごしていました。 


ほんと、第2の故郷となっている三木。

天にはたくさんの「お父さん」と「お母さん」がいるので結婚式の入場は大変なことになりそうですね 笑


Photo:Instagram/@nokox_xnoko  

多才すぎる被写体

The story of mine from the past, from now on

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